フォーカシングという心理療法で抑圧した感情の開放の方法を綴っています
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    因果応報
    先日のシンクロニシティの記事も今回の記事も天照さんから、バッとインスピレーションが来ました。自分でもこういうカラクリだったんだ、と驚きました。「お~なるほど!」と思ってどうしても記事にしたい衝動に駆られます(;・∀・)

    因みに、いろんなブログを見ていて、「高貴な神霊を名乗るモノが降りてくるわけがない。」という記事を読んでいたとき「だっていないもん」と言われました^^; つまり、そういうエネルギー(命そのものの方が近いそうです)に、分かりやすい呼称をつけているだけなんです。で、いろんな方が天照さんのメッセージを受け取っていますが、「同じ存在」という事です。私自身も神様のイメージで見るのが好きなので、そう書いています。が!これ自分であり、読んでくださる皆さんも天照大御神なんです。ひとつの命です。掴みづらいと思いますが、そうなんですよ(;´∀`)

    因果応報についてです。

    因果の、因という種を蒔かなかったら芽が出ません。種というのは、その人の選択です。全ての「行い」が因になります。例えば、あなたが「怒る」という選択をした時に、「因」になり種は蒔かれます。

    今エアコンを操作したとします。ここで起きる可能性はエアコンの寿命が縮まる可能性の種が蒔かれたこと。そして暖かく過ごせる種が蒔かれたこと。しばらく経って暑くなって消しました。それは、さっきの因の結果が「不快」としてやってきました。一つの「因」でいろんな種が撒かれます。で、その時の「果」によって、また新たな因を生み出します。

    その「種」の種類が何かは、自己が全部知っています。自己=潜在意識です。ただし、なぜ「潜在」してしまっているのかというと、「エゴ」があるからです。エゴが無ければ、潜在意識じゃありません。子どもの頃に、不思議な力を持っている方が多いのはこういう理由です。この自己は、大きな自己なんです。この部分が魂=命そのものです。エゴが介入しない大きな領域です。

    何か不安があっても「どこか大丈夫な気がする」って時ありませんか?それは、エゴが妄想するような悪い種が蒔かれていないから「妄想だよ。安心して」とメッセージを出しているんです。もし、種が蒔かれていたら、妄想とは言いません。

    だから、全て「自己責任」となります。この言葉は誤解を受けることが多いと思いますが、自分が悪いからと責める行為ではありません。自分が「全てを創り出している」という責任です。自分をより良くしようという「責任」です。それは全てを良くしようという事に繋がります。自己はそれを大前提にして行動しています。

    蒔かれた種の管理は自己がしています。どんな種が蒔かれているか全て把握しているという事です。つまり何が起こるのか分かるということです。その、可能性の中でどれを選ぶかも自己です。この因の種が分かれば、因果から外れて自由に運命を創り出せるんです。もちろん因果の中にはいるけど、その因を発生させる仕組みが分かっているという意味です。自己に任せておけば、最良の選択をします。

    エゴは因が見えません。だから、あたかも神か宇宙が現象を操作させているように見えるんです。その神が自分自身だとしたら?とエゴに言ってやってくださいw 意図(運命の糸)を、自己に委ねれば良いんです。願望があったらエゴに介入させないというのは、こういう事です。

    因という種が蒔かれていたら「身に覚え」になります。何かが起こった時に「そういえば身に覚えがある」というのは、因のことです。

    またエゴの特性の「失う恐怖」は実現しません。なぜなら「失う=初めから存在していない=因が発生しない」という事です。言い換えれば、ある因の発生を留めてしまっています。留めてしまう行為も「因」となります。全ての行為が因として果を受け取ります。種(因)が「果」実になるという事です。

    常に選択、選択という分岐で、どれを選ぶかでルートが変わってきます RPGと一緒ですね^^; 

    自分に不本意な状態が続くと、自己はいろんな「因」を作りメッセージを出してきます。それは、大きな意味で「今の人生は自分が望んでいるルートではないよ」という事に気づかせるためです。そのためには「悪いこと」も起きます。これだとまるで「自己」が別にあるようですが、その通りなんです。エゴに「おかしいでしょ?」と働きかけているんです。「エゴ」と「自己」は全くの別物です。意識は分離しています。

    エゴの要求を選択していると、どんどん望まない方向に行ってしまいます。すると、「エゴ」もこれはおかしいと思うんです。で、お金があれば、地位があれば大丈夫だろうと、それを求める要求(因)をします。でもそれが手に入っても苦しい状態が続く。ではどうすれば良いかというと、「流れに身を委ねる」ことです。

    運命というのは大きな流れです。命(エネルギー)は常に流れています。その流れに抵抗しないという事が、現象を円滑に流していくということになります。ただし、エゴは現象を操作しようと抵抗します。この抵抗を止めることなんです。

    「抗わない」は、エゴからくる「因」の種を止めるという事になります。エゴが創り出す「因」が止まれば、運命は自然に良い方向に流れるようになります。私が気づいたのは、抑圧した観念に邪気が取り憑いて、体に本来流れる正気を止めていたことです。これは体というのも一つの現象で、全ての現象は本来、潤滑に流れていくものなので、停滞すると不具合が生まれるという事です。

    停滞したエネルギーはいつか爆発します。ですので、エネルギーを潤滑に流すということを常に意識して置くのがすごく大切です。
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