フォーカシングという心理療法で抑圧した感情の開放の方法を綴っています
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    内側の世界
    約一年半かかって抑圧した感情・観念を開放し終えました。思った以上の効果がありすぎて、ビックリしています。まず、守護霊とかそういうものは、全然信じていなかったので、まさかチャネリングのような状態になるとは思いませんでした(;・∀・)

    ただ、これ確かに子どもの頃は、こういう心の状態だったなあ、と思い出したワケです。他人との「壁」が無かったし、当たり前のように、何か大きなモノに繋がっている感覚がありました。大人になって、見事忘れていたワケですが^^;

    フォーカシングを始めた頃、心の中のイメージがボンボン見えるので、いったいどうなっているのだろう?と随分面食らいました。フェルトセンスとは、まるで幼い頃の「私」と会話するように、喋っていました^^; 仲良くなると、イメージの中で花束をくれる子(フェルトセンス)もいたりして、フォーカシングから覚めたあと、あの花束は本物なのか?とアホな事を考えたモノです。

    また、随分象徴的なイメージが出て来ました。分裂した自己の記事に書いた「氷漬けの私のイメージ」です。このフェルトセンスには、氷漬けだったのでルシファーと名付けていました^^; これが今思えば、その通りのネーミングなんですね。フェルトセンスとしては「自己(真我)そのものの性格」でしたが、これが、傷ついて分裂して、エゴの大元になっていたようです。つまり「心の闇」です。

    これはユングの元型のイメージ(象徴)という事なんだと思います。すごく面白くいなぁ、と^^

    また、インナーチャイルド1の記事に書いた存在も、自己(真我)で、子どもというより、今の私自身です^^; これが開放されるときは、パッと天使(子どもの姿)が見えました。つまり、解放前までは、エゴを形成していたワケで、その時は”堕天使”だったワケですね^^;

    神話というのは、なるほど心の世界を描いているのだなあと、またココで驚きました。

    つまり光と闇は、まさに表裏一体で、その状態を行ったり来たりしていただけなんだなぁ、という感じです。ただ感情を開放して「闇」が無くなると、必然的に「光」も無くなるわけで、諸行無常という事なんですよね。こういう二元論は当てはまらないんです。

    ただ、エゴの中にいるときは、それがエゴだとは気づかずに、飲み込まれていました。人に気を使うのは当たり前、自分を犠牲にするのは当たり前でした。

    これは、エゴ自体が全く自分の本心にアクセス出来ない状態なんです。だから、「自分」を蔑ろにします。このような心の仕組みになっています。そして、エゴは等しく愛情に飢えている餓鬼です。文字通り、子どもの自分であり、地獄の餓鬼と同じく貪欲で決して満足しません。これは、エゴがプログラムのように自動で反応するからです。これが「自動思考(グルグル思考)」でマインドトークの元です。

    忘れがちで、とても大切な事は、「まず、自分を愛すること」なんですよね。これ、感情の開放の中途までは、まるでワケが分かりませんでした^^; それだけ、観念としては根深いんです。ですが、徹底したのは、「在るがままに気持ちを受容すること」でした。これはフォーカシングの基本的な姿勢です。

    この自己愛から、どんどんエゴは解放されていきます。
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